年収が1500万円の場合、25歳~29歳の男の74%がすでに結婚しており、30歳~34歳の場合はなんと90%がすでに結婚しているというのです。
それとは対照的に、女子の場合は、年収が低い人の婚姻率は非常に高く、年収が高くなるほど結婚していないことが分かります。
mixiの場合はPCベースのSNSからガラケーへの進化に成功して、進化していったという点ではうまく回っていたんですけど、やはり情報の基点となるmixiニュースがY!Jと並列提供になったあたりから雲行きが怪しくなり、やがて豪雨となってmixiを社屋ごと押し流して漂流オフィスとなり、フィリピンの離島へと流れ着き「これから皆さんには殺しあっていただきます」とビートたけしが言い、最後に勝ち残った笠原健治社長が増水した用水路の様子を見に逝って流され、帝国陸軍最後の一兵としてボルネオからジャワ、ラバウルそして東部ニューギニアと転戦し、激闘の末に負傷し雌伏を期して洞窟に潜伏している間に終戦を知らず現地人に発見されたころには西欧文明にかぶれた日本へ「恥ずかしながら帰って参りました」と舞い戻る飛行機を降りるタラップを踏み外して顔から着地するギャグを見せるも翌日台風の来る中で元気に池田信夫と堤防へ釣りに出かける後姿が最後の彼の目撃証言となった。
フィンランド人が日本の事を「ロシアを挟んで隣の国」と言っているらしい。おおざっぱの格が違う。
60:おさかなくわえた名無しさん:2011/03/30(水) 07:42:46.66 ID:Wyg0/i+b
メタ認知能力を身につけよう。
http://mote7.com/meta.html
メタ認知能力とは、自分を外から見ているように客観視する能力のことです。
結論からいえば、メタ認知能力が高い人ほどモテて、低い人ほどモテなくなってしまうのです。
メタ認知能力が低い人というのは、「自分が他人からどう見られているか?」
ということが把握できない人です。
例えば、ビンテージのジーンズやスニーカーを履いている人は、メタ認知能力が低いといえます。
芸能人ならまだしも、一般人がそのようなものを履いたところで
「ただの汚い格好をしてる人」と思う人の方が多いからです。
本人は、そのジーンズの値段や歴史を知っていますから、 さぞカッコいいと思って履いているのでしょうが、
周りは何も知らないワケですから、 そこに当然認識のズレが生じます。
メタ認知能力が低い人は、「自分が感じているように他人も感じるだろう」と思ってしまうクセがあるのです。
コスプレをしたり、ロン毛にしたりしている人も同様です。
アニメや映画の情報と一般常識がごっちゃになってしまっているワケです。
ワッツのビジネスモデルの勝ちパターンは、業界大手が着目していない、アクセスが不便なショッピングセンターやスーパーの一角に、いち早く小規模な百円ショップを作って淡々と稼ぐことであり、業界のガリバー企業とガチンコで勝負するつもりは毛頭ないわけです。ですから、「毎年100店出店して、同時に50店閉める」ということを当然のように行って、利益を確保しています。
mixiがコケた教訓って「SNSは余計なお世話をするな」ってことだな。Twitterは140字縛りを崩さないしTumblrは「去年より機能が減ってる」と誇らしげに言ってたし
かつて、ある欧州の厳格な孤児院で、
子供達は、子供達の自立心を尊重されながら、
厳しく教育されていたそうですが、
ある時現れた日本人スタッフが、
日本人のいつもの調子で、
「あら、なんとかちゃーん」的に笑いかけたり、
おどけた顔であやしたり、ベタベタ抱っこしたり、
手をつないだり、一緒に寝たりと、
ぼくらには、わり合いに馴染みのある接し方をし始めて、
孤児院内では、
他の欧州のスタッフから違和感をもたれ、
大顰蹙だったそうですが、
しかしながら、やがて、
いつまでも心を開かなかった子供や、
意欲がなかったり、
きわめて反抗的だった子供たちが、
「あら、なんとかちゃーん」の影響で、なのか、
みょうに明るく素直に振舞うようになり出すのを見て、
ついに欧州人スタッフたちも、
この日本人の目に余る、
べたべたとした接し方の中に、
もしかすると、何か、
生き物として無視出来ないエレメントが、
隠されているのかもしれないと思い始め、
彼の日本人スタッフの
「あら、なんとかちゃーん」的な接し方を、
おっかなビックリ取り入れ始めたとのことでございましてね、
この他人に対して、油断出来るまでの情愛でもって接するのが、いつのころからか、このユーラシア大陸の東の端に住み着いて生きてきた、ぼくら日本人の心情の中に自然と宿った、他国にはあまりない緊張感のない情愛なのだなと思うのであります。
他の生き物に対してとる、日本人の、
この、なんともゆるい愛情表現。
この、とてもじゃないが英雄は生まない、
なんとも甘やかしてしまう楽ちんな風土。
この心情的に呑気な風土と、
日本のという辺境の地に現れた、
気候温暖で清涼な水にあふれた風土との間に、
大きな関係性があるように思うのであります。
論語の中に
「四十にして惑わず」というのが出てまいりますので、
四十歳になったら迷わなくなるんだと
錯覚する人が結構多いようです。
ある時、私が井伏鱒二先生と一緒に食事をしていた時に
「四十にして惑わず、なんてことは無いですよね」といったら、
井伏先生は「もっと惑うようになるよ」とおっしゃられました。
私は「四十にして惑わず」ということは
「四十歳になったら惑わないようになるだろう」
と思うのは間違いであることを悟るということだ
と理解しております。
つまり、四十過ぎたら、
人間は立派になるわけではなくて、
自分は大したことがないということを
悟るようになるということだと解釈しております。